契約書には「家賃を1ヶ月でも滞納すれば即刻退去させる」と書いていたが、うっかりして家賃を1か月分
滞納してしまったところ、家主から、「契約違反なので、違約金を支払って退去してもらう」という通告を
受けてしまった。契約書に明記されているのであれば、泣く泣く退去するしかないのか?
(回答)
日本には、「契約自由の原則」(私的自治の原則)というものがあります。つまり、誰と契約しようがしま
いが自由であり、契約内容も原則として自由、契約の方式も自由であるというものです。その前提には、
独立・対等・平等な市民間においての契約については、できるだけ当事者の自由に任せようという国の判断が
あります。
従って、原則としては、どのような契約も自由であり、契約する際に、署名捺印しているということは、契約
事項を承認しているということになりますから、従わざるを得ないということになります。
ところが、居住用の建物の賃貸借契約においては、家主が一方的に定めた契約事項を、借主が承諾するかどうか
だけの権利しかないため、もともと、対等・平等ではないのです。
そのような違いを放置して、当事者の自由に任せておくことは、家主が好き放題の契約を定めることを容認する
ことになり、良好な社会秩序にも悪影響を及ぼすことになります。そこで、いくつかの制限を設けて、好き勝手
な契約ができないようにしているのです。
まず、第一は、借地借家法上の「強行規定」に違反していないことです。
契約内容が、借地借家法上の「強行規定」に反している規定は無効であるとされていますので、それに違反して
いないかどうかが問題となりますが、家賃の滞納については触れられていませんので、この点からは、契約は有
効です。
二つ目に、契約内容が公序良俗に反していないかどうかです。
「公序良俗」の法律用語としての意味は、「現代社会の一般的秩序を維持するために要請される倫理的規範」と
されています。
殺人依頼の契約、愛人契約などの誰が考えても公序良俗に反している契約以外でも、男女によって定年年齢が異
なるようなケースでも、性別による不合理な差別として、公序良俗違反とされた場合もあります。
そこで、「1ヶ月の滞納による契約解除」が、社会の秩序を壊すほどの不合理な契約内容かどうかが問題となり
ますが、人によって判断が分かれるでしょう。
逆に言えば、誰が考えても、「公序良俗違反である」とも言えないレベルですので、「公序良俗違反により契約
は無効」とは言えないでしょう。
三つ目は、法律用語で言うところの「例文解釈」による契約内容の無効とはならないかという点です。
これは、少しややこしいのですが、不動産の賃貸借契約などで、文言どおりに解釈することで、結果があまりに
も不当なことになってしまう場合、契約内容そのものを「単なる例文である」として、その効力を否定するもの
です。
しかし、これまでのところ、短期間の家賃の滞納による契約解除を、
「例文解釈」によって無効であると判断されたケースはないようです。
四つ目は、2001年4月に施行された消費者契約法による「消費者の利益を一方的に害する規定は無効である」
という規定に違反していないかどうかという点です。
この点については、長期的な契約関係を前提とした建物の賃貸借契約において、わずか1ヶ月分だけの滞納によっ
て契約解除を行うことは、
「消費者の利益を一方的に害する」規定だという判断を行うことが可能かもしれません。
最終的には、これまでの判例で蓄積されてきた考え方によって、
契約内容を判断することになるでしょう。
判例での考え方は、「信頼関係破壊の理論」と呼ばれているものです。
つまり、居住を目的とした長期間にわたる賃貸借契約においては、
単に契約違反にあたる事実があるだけでは契約を解除して退去させることができず、「家主と借主との間の信頼
関係がなくなってしまった」というような状況になって初めて、家主からの契約解除を認めるようにして、借主
の居住権を守ろうとしているのです。
従って、「家賃を1ヶ月でも滞納すれば即刻退去させる」という契約条項は、「明らかに無効である」とまでは
言えませんが、かといって、それだけで適用されるわけではなく、借主に家賃の支払いの資力があるにもかかわ
らず家賃を滞納し、家主が納めるように何度も督促したのに、数ヶ月以上も滞納を続け、もはや、借主は、「家
賃を支払うという約束を守るつもりがない」と判断された場合、信頼関係破壊となり、契約解除の可能性があり
ます。