原状回復についての定義を前提にすれば、建物の経年劣化や賃借人の通常使用に基づく損耗は、賃借人の原状回復義務の範囲に入りません。つまり、そのような劣化分を回復するための修繕等の費用は、それまで賃借人から受領してきた賃料の中に含まれていたわけですから、賃貸人が負担する必要があります。
他方、賃借人の故意・過失に基づく建物の劣化等は、賃借人の原状回復義務の対象であり、賃借人が費用を負担して原状回復をしなければなりません。したがって、建物の損耗の区分が重要になります。
以下、費用負担の区分の具体例をガイドラインから抜粋してみます。
「原状回復のガイドライン」にみる賃貸人・賃借人の負担区分
賃貸人負担となるもの | |
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通常の住まい方で 発生するもの |
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建物の構造により 発生するもの |
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次の入居者確保の ために行うもの |
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賃借人負担となるもの | |
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手入れを怠ったもの 用法違反 不注意によるもの 通常の使用とは いえないもの |
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経過年数
賃借人の故意又は過失によって建物を毀損して賃借人が修繕費を負担しなければならない場合であっても、建物に発生する経年変化・通常損耗分は、既に賃借人は賃料として支払ってきているので、明渡し時に賃借人がこのような分まで負担しなければならないとすると、賃借人は経年変化・通常損耗分を二重に支払うことになってしまいます。
そこで、賃借人の負担については、建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させることとするのが適当です。
経過年数による減価割合については、本来は個別に判断すべきですが、ガイドラインは、目安として、法人税法等による減価償却資産の考え方を採用することにしています。すなわち、減価償却資産ごとに定められた耐用年数で残存価値が1円となるような直線(又は曲線)を描いて、経過年数により賃借人の負担を決定するようにするのがガイドラインの考え方です。なお、実務的には、経過年数ではなく、入居年数で代替(但し入居時点での資産の価値が既に減価しているのであれば、減価したところがグラフの出発点です。)します。
なお、経過年数を超えた設備等であっても、継続して賃貸住宅の設備等として使用可能な場合があり(つまり、このような場合の当該設備の実際の残存価値は1円よりも高いということになります。)、このような場合には、賃借人は実際の残存価値に相当する修繕費を負担する必要があることに留意する必要があります。
特約について
賃貸借契約であっても、強行法規(例えば、借地借家法や消費者契約法の規定)に反しないのであれば、当事者の合意で特約を設けることは認められます。
もっとも、裁判例では、一定範囲の小修繕を賃借人の義務とする修繕特約については、単に賃貸人の修繕義務を免除する趣旨であると制限的に解釈することが多いようです。
また、最高裁は、経年変化や通常損耗分の修繕義務を賃借人に負担させる特約について、賃借人が修繕費用を負担することになる通常損耗及び経年変化の範囲を明確に理解し、それを合意の内容としたものと認められるなど、通常損耗補修特約が明確に合意されていることが必要であるとの判断を示しています。
したがって、ガイドラインは、借地借家法、消費者契約法等の趣旨や、最高裁の判例等を踏まえ、原状回復に関する賃借人に不利な内容の特約については、次のような要件を満たすことを要求しています。
- 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること