見解:原状回復特約
賃借人に修繕義務を課する特約も、民法の修繕義務の規定(民法 606 条)が任意規定であ
るため契約の自由の原則から認められます。
ただし、判例は、「賃借人が修繕義務を負担する」という特約は、単に賃貸人の修繕義務を
免除する意味しか有せず、賃借人に積極的に修繕義務を果たした趣旨ではないとしていま
す。(最高裁 43.1.25)
このため、賃貸人の修繕義務を免除するだけでなく賃借人に積極的な修繕義務を認められ
るためには、特別な事情が必要になってきます。(名古屋地裁 平成元年(レ)第 31 号)
つまり経年変化や通常損耗に対する修繕義務を負担させる特約は、可能だが賃借人に法律
上、社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課することになるための次の「特別な事情」
が必要になります。
「特別な事情」については、国土交通省は、判例を分析した結果、
次の 3 つの要件を揚げています。
1.特約の必要性があり、かつ暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在すること
2.賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕費の義務を負うことについて認
識していること。
3.賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること。
ただし、判例の動向は「通常の生活者」が「通常の使用」をしている時にこのような
認識を持ち同意することは考えていません。
アパートを借りた場合、通常の使用に伴って部屋は経年変化し、古くなるのは当然です。
したがって、そのような賃貸借契約の性質から、入居者に新品に近い状態にして返還する
義務はないとされ、経年変化、自然の劣化・損耗による価値減少分は、賃料収入によって
カバーされるべきであると考えられているのです。
裁判例から具体的にどのようなものが、自然損耗にあたるかですが、畳、襖、障子、カー
ペットの時間の経過による損耗、結露や湿気による壁のクロスの汚損等がこれに該当する
とされています。
国土交通省ではこのように述べています。
「賃借人は、使用収益上の義務として契約又は目的物の性質から定まる用法に従い、目的
物を使用収益する義務を負うとともに、善管注意義務に従って、目的物を使用収益しなけ
ればならないと解されている。(民法 616 条、594 条 1 項)
しかし、その義務の内容や程度は、契約や状況によって異なると考えられる。すなわち、
対価を受けて他人の家屋等を管理する場合には、経年劣化等ができるだけ生じないように
細心の注意を払う必要があるが、賃料を支払って家屋を使用する場合には、そこで生活す
る権利が契約によって認められており、その反対給付として賃料を支払っているので、「通
常の生活」から生ずる家屋の損耗については、賃借人は、責任を負わないとするのが、判
例等の考えかたです。
一方、家屋の使用に伴う不法行為上の責任を考えた場合、賃借人は、当該家屋を使用する
権限があるわけであり、使用していることを理由に損害賠償を請求されることはないと考
えます。
そこで、使用により必然的に生じる損失が生じても賃借人には、そのような損失をもたら
さない不法行為上の注意義務はないと考えます。
つまり、賃借人は、「通常の使用」をしていて家屋に損失をもたらしたとしても、善管注意
義務違反とはいえないし、不法行為上の注意義務違反も無いと考えられる。このように、
民法の規定や過去の判例から整理されています。
「特約」条項の有効性
「畳の表替え費用、襖の張替え費用、障子の張替え費用は、それぞれ
の賃借人の負担とする」
「クロス(壁紙)の交換費用は借主が負担する」
「ハウスクリーニング代は退去時に賃借人が負担する」
「古くなったカーペットの交換費用を敷金から控除する」
「バスカーテン代は、使用の有無に拘わらず入居者の負担」
賃貸契約書の特約条項としてよく見かけます。果たして有効なのでしょうか。
判例は特約条項の有効性については、かなり慎重に判断しており、「通常の使用」によって
必然的に発生する汚損・損耗を賃借人に負担させるような特約は、原則として無効である
と判断しています。
平成 2.10.19 名古屋地裁
平成 8.3.19 東京簡裁
平成 7.8.8 東京簡裁
平成 6.7.1 東京地裁
平成 7.7.18 伏見簡裁
今回の全面的(完全)原状回復特約は無効か
特約すること自体は、契約自由の原則上有効です。本来は、「特約」も約定(契約)の一つ
に過ぎません。その約定のうち、「特約」とは、当事者間で特別に約束するとしたものに過
ぎないのです。しかし、特約として約定したら全て有効なのでしょうか。この敷金清算に
ついても、当事者間の「特約」をもって対処しようとされる賃貸人の方は、今も少なくあ
りません。その典型的な例が、いわゆる「原状回復」特約でしょう。帰責の有無にかかわ
らずリフォームやハウスクリーニングの各代金のその他の原状回復費用の全額を賃借人に
負担させる特約です。このような(前述もしました)「原状回復」ということば通りの原状
(成約当初)への回復を求める全面的(完全)原状回復特約もあり得るのです。しかし現
在は、その種の特約は、契約書に記載され、当事者が判を押したとしても、それは不当条
項として消費者契約法や暴利行為として民法によりその効力が否定される傾向がますます
強くなっています(消費者契約法 9・10 条、民法 90 条等、大阪高判平 15・11・21、京都地
判平 16・6・11 等)。都の新ルールも「特約はすべて認められる訳ではなく、内容によって
は無効とされること」がある旨を明らかにしています。
本質を原則として「損害賠償」の問題としてとらえるので、その例外である「原状回復
特約」は、例外は限定して認めるべきなので、容易には認めがたいということです。
実際にも、この種の不当とされる原状回復特約は、賃貸人側もいわば「駄目元(もと)」
的に入れているようです。賃貸人側は、この種の特約を約定させ、素直にその約定通りと
認める賃借人からはそのまま取立て、他方、その約定に苦情等を申し立てる賃借人には、
その請求を引っ込めているのが実態です。
NPO法人日本住宅性能検査協会