入居者が退去することになり、退去時の状況を確認し、原状回復及びハウスクリーニングを実施することになりました。
賃貸借契約書には、「賃借人は、退去に伴うハウスクリーニング費用として3万円を支払う。」旨が定められていたので、敷金から3万円及びその他の原状回復費用を控除して返金したところ、原状回復の金額に納得がいかないとして、敷金の返還を求められています。
ハウスクリーニング費用は明記されているのですが、控除することができないのでしょうか。
回答
原状回復費用については、最高裁判例での見解やそれを踏まえた国土交通省によるガイドラインが発表されていますが、いまだに、紛争が多く見られる状況にあります。その原因は、原状回復義務に関する根本的な誤解が原因にあると思われます。
物件を貸す側から賃貸借契約の終了時の原状回復についてみると、貸した時の状態に戻して返却してもらうことを望んでいます。賃借人が利用して汚した部分や傷つけた部分を直すことはもちろん、次の入居者へ貸すためには綺麗な状態でなければ意味がないため、貸した時の状態に戻すことを当然のことと思っているかもしれません。
しかしながら、最高裁の判例や原状回復のガイドラインではそのような理解はされておらず、原状回復義務については、故意又は過失により傷つけたりした部分を直して、賃貸借終了時点の物件を返還することが前提となっています。ここで貸す側の思惑と大きく相違しているのが、原状回復すべき時点の捉え方であり、貸した時点の状況に戻すのではなく、借り終わった時点のものを返すことが前提にされています。
したがって、原則として、どちらの責任でもないような汚れや、通常使っていれば損耗又は消耗するような価値(「通常損耗」などと呼ばれます。)については、賃借人の負担ではなく、賃貸人が負担することになります。そのため、通常損耗に入るような内容については、賃貸人の負担であり、これを賃借人に負担させることは例外的、特殊な契約であるということになります。
原状回復の負担範囲に関して、紛争が耐えない中、最高裁の判例は、本来、賃貸人が負担すべき原状回復の範囲を賃借人へ転嫁するためには、賃借人において補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が具体的に明記されていることを求めており、それをうけて、通常損耗の範囲に該当するハウスクリーニングについて、金額を明記する契約書も増えています。
それでは、金額さえ明記していれば裁判所がハウスクリーニング費用の請求を認めてくれるかというと、必ずしもそうではありません。裁判例では、本来通常損耗であり賃借人へ転嫁していることを理解させた上で、金額を明記しているような事例で、かつハウスクリーニングが専門業者により実施されることも認識していた場合に、はじめて費用を負担させることを認めています。
金額を明記することも重要ですが、最高裁判例が示す明確性にとってより重要なポイントは、「本来、賃貸人の負担である費用を、特約により賃借人へ転嫁している」といるということが、賃借人に理解されているか否かという点です。ご相談のような、金額の明記のみがなされている場合は、賃借人が本来負担しなくてもよい金額を負担しなければならないと理解できる説明がなされていない限りは、原状回復費用を賃借人に負担させるものとしては有効にならないおそれがありますので、注意が必要です。
なお、改正民法においては、原状回復費用について、これまでの最高裁判例や国土交通省のガイドラインと同様の見解を前提として、賃借人が負担する原状回復の範囲から通常損耗を除くことが明記されます。改正民法では、法律上も明記されることからも、負担を転嫁する旨の合意や説明は改正後も求められることになるでしょう。